【2011年7月2日ニュース】8月10日の転び公妨事件の第四回公判で46名が傍聴を希望-何のための傍聴制限なのか


 2011年7月1日、13時から、8月10日に起こった大高正二さんの転び公妨事件の第3回公判が開かれました。今回の公判では、大高正二さんの証言が予定されています。

 東京地裁では13時までに集まった傍聴の希望者に傍聴の抽選券が配られましたが、46人の傍聴希望者が集まりました。429号法廷の席の数は、無駄に空けてある「記者席」の数を除くと30ほどになり、結局、3分の1もの希望者が傍聴することができませんでした。このような状況は、日本国憲法下の司法のあり方においてもっとも重要な原則である「裁判の公開」を踏みにじる可能性があり、大きな問題であるといえます。

 裁判の傍聴に関する裁判所側の規制については、最高裁判所規則「裁判所傍聴規則」、「庁舎管理規程」、「法廷等の秩序維持に関する法律」、あるいは「裁判所法」などに断片的な定めがありますが、これらの規程や法令は決して整合性を完備したものではなく、司法行政の当事者の解釈によって、任意に運用されている面が強いといわざるを得ません。このような、意思決定の過程の実態や、その正当性については、今後、十分に研究する必要があるといえるでしょう。

 裁判の傍聴者を法廷の収容人数を根拠に規制する司法行政あるいは法廷の訴訟指揮の問題点は、1980年に法学者の小田中聡樹(おだなかとしき)が、すでに次のように指摘しています。

 裁判所傍聴規則は、裁判長は法廷の秩序を維持するため必要があると認めるときは傍聴券を発行し、その所持者に限り傍聴を許すことができるとしている(1条1号)。

 法廷の収容力をはるかに超える多数の傍聴希望者がある場合に、法廷の混乱を避けるため、相当数(傍聴席と常に一致させなければならないとは限らない。場合によっては補助席や立ち見が許されてもよい)の傍聴券を発行し、その所持者を優先的に傍聴させることは、直ちに(裁判の、引用者)公開の原則の実質的意義を損うとはいえないであろう。ただし、次のような点が考慮されなければならない。

 第一に、多数の傍聴希望者が予想される場合には、できるだけ多くの傍聴人を収容できる広い法廷を使用することが努力されなければならず、このような努力をすることなく、漫然と安易に傍聴制限の措置に赴くべきではない。ほかに広い法廷が開いているにもかかわらず、それを使用することなく傍聴制限をとることは許されない。(小田中聡樹「裁判と国民」、『法律時報』52巻10号、1980年))

 さて、今回の公判の傍聴希望者は46人でした。そもそもこの人数が、上記の引用部分にいう「法廷の収容力をはるかに超える多数の傍聴希望者がある場合」に該当するとは、到底、考えられません。この程度の人数ならば、座席をやりくりして、全員の傍聴を可能にする措置を取ることが難しいとはいえず、裁判長は裁判の公開の原則にしたがって、そのような努力を行う義務があるといえるでしょう。東京地裁には、429号法廷よりも多くの傍聴人を収容できる法廷があるはずです。

 ところが、実際には裁判長あるいは裁判所当局は、法廷を替えようとせず、座席を固定し、さらに使用されない記者席のために一部の座席を空費させ、いたずらに傍聴制限を課しているとしか考えられない措置を取っております。この法廷の裁判長の訴訟指揮については、さまざまな疑問点がありますが、無意味に課せられている傍聴制限の一点を見ても、司法当局の姿勢に誠意がないと批判せざるを得ません。

 法廷において行われた審理の状況については、傍聴手記が入手され次第、紹介いたします。

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